千束一里塚 福井県指定文化財【動画有】

千束一里塚 福井県指定文化財【動画有】

2019年3月17日 オフ 投稿者: 3kjiro

福井県あわら市花乃杜にある千束一里塚に行きました。

千束一里塚は車の通りの少ない道路脇にあります。駐車場らしきスペースはありました。

この写真で全体が分かると思います。

1本だけ木が生えていて横に一里塚と書いてある石碑がありました。

慶長9(1604)年 、江戸幕府は東海、東山、北陸の諸街道を整備し、江戸日本橋を起点に一里塚を造らせました。一里塚の目的は、各地への里程と人馬賃の目安とし、旅人の便宜を図ったものとのことです。

北陸道の道幅は三間(約5.5メートル)で、一里ごとに道の両側に五間(約9.1メートル)四方の塚を造り、塚が崩れないように榎等を植えました。千束一里塚は、当初東側に2本、西側に1本の榎があり、旅人は木陰でしばしの休息を楽しんだとされています。明治以降、道路が拡張された際、東側の一里塚が取り壊されたので、現在は西側の一里塚だけが残されています。

これより北に細呂木の一里塚と宿場があり、南には坂井市坂井町下関に一里塚が残ります。

一里塚は、2代将軍徳川秀忠によって慶長9年(1604)江戸日本橋を起点として全国の主要街道に1里(4km)ごとに設置させたものである。越前国でもこれをうけて、福井藩主結城秀康が旧北陸街道を整備している。

千束一里塚は、元来東西両脇に塚があったが、昭和24年(1949)に壊されてしまい、西側の塚しか現存していない。西塚は、広さ約80㎡程で、盛土の上に榎が樹立している。保存状態は良く、往時の面影を残している。

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